かれこれTUBEのファンになり3年が経とうとしている。実を言うと5年ほど前は、TUBEがあまり好きではなかった。大学(生産加工)の友人に大のTUBEファンがいて、マージャンの時にいつもTUBEを聞かされていた。しかし、マージャンをしながら聞いてもその良さはわかるはずもなく、ミスチルに換えろよと良く言ったものだ。

 その頃の僕はミスチルが好きだったが、院に入った97年に活動を休止したことで次第にミスチルから心が離れていった。そして、その97年夏、伊良子岬へEZさんたちとキャンプに行った。これが初めてのOBキャンプ参加であったが、当然のことながらTUBEを常に耳にすることになる。マージャンの時にはただうるさいだけだったTUBEが伊良子岬の青い空、青い海、白い海岸線に混じって映え、僕の心に響いた。そして、TUBEオンリーのカラオケ。「湘南盆踊り」を皆で踊ったとき、音楽でこんなに笑えたのは初めてだと思った。明るく楽しい曲、これもTUBEならではのカラーである。このキャンプを通じてTUBEが好きになった。

 秋、交通量調査のバイトで持っていった『Melodies&Memolies』の中で「君となら」に出会った。心にしみるメロディーと飾り気のない素直な歌詞が胸を締め付けた。この曲でTUBEにハマったと言っても過言ではない。

 98年の夏、過去5年分のアルバムを借りた。『終わらない夏に』は何ていいアルバムだと思った。そして、OBキャンプはアップテンポのナンバーが並ぶ『HEAT WAVOR』をバックに淡路から徳島へ抜けた。このアルバムは赤いイメージであるが、ドライブには適している。「花火」の軽快でかっこいいサビはこの夏一番のインパクトを与えた。そして、この夏に忘れてはならないのが彼女ができたことだ。今でも「Horizon」の「誰より君が大好き、とにかくいの一番大事..」を聞くと当時を思い出す。8月末の甲子園ライブに胸膨らむ中、90年の『NATSU』から93年『浪漫の夏』までをダビングした。僕は、全アルバムの中で爽やかさとかっこ良さを併せ持つ『NATSU』が最も好きだ。そして、自身初の甲子園ライブではその迫力、演出、一体感に酔いしれた。まさに、「Hot Night」である。学生生活最後の夏はこうして幕を閉じた。

 社会人1年目の99年の5月、辛い研修中にふと「Tシャツとブルージーンズと」を口ずさんでいた。夏が近いのを感じていた。研修が終わると、早速アルバムを3枚借り通勤で毎日聞くが、やはり物足りない。7月のOBバ−べQ、比叡山デートで琵琶湖の雄大さを『Blue Reef』に詰め込むことには成功した。恒例のOBキャンプは「TUBEキャンプ」と言われ期待が高まったが、あいにくの雨。ビデオ取りも失敗に終わり、悔しさをカラオケにぶつけるしかなかった。夏を締めくくるライブでは、「ヒガシへ行け」で死にかけ、「Smile」で感動した。ライブ後、ファンの集いに参加し、朝まで飲んで唄った。60人の前で「浪漫の夏」を唄った時の盛り上がりは今でも忘れられない。たとえ育ちや性格が違っても“TUBE”という媒体を通じれば1つになれることを悟った。この後、ファンクラブに入会し、そしてハワイに行くことを誓った。

 2000年、ハワイへの期待が高まる中、“TUBEの日”なる吉報が届く。ハワイに持っていくためオリジナルベストを作る。そして当日、行きの飛行機の中で「Purity」を聞いていると、雲の上に朝日が拡がる。格別の想いだ。ホノルルに着くと「Summer City(ニューバージョン)」を聞いた。ハワイの熱い街並が楽しく軽快なサウンドにマッチする。早速ワイキキビーチに行き、マリンブル―の海を前にして『TUBEst3』の「シーズン イン ザ サン」「夏を抱きしめて」を聞く。「シーズン イン ザ サン」はこの旅行で最も心に残った曲だ。その夜、待ちに待ったアロハスタジアムでのライブ。「ビーチタイム」で異様な盛り上がりを見せ、「夏よありがとう」で涙がこぼれそうななったが、「ゆずれない夏」で歌詞を間違えたり、「Yheei!」で音程をはずしたり、出るはずの花火が出なかったりと残念な面もあった。ともあれハワイでのライブはかけがえのない想い出となった。ライブ後に出会った女の子達と夜を過ごした。ファン暦15年の真理子ちゃんは会社をやめて来たらしい。

 2日目、オープンカーを借り、オアフ島を一周した。途中、パイナップル畑を抜けながら眼下に広がる海の風景が、『ゆずれない夏』のあの名曲「海よりも深く空よりも大きく」に妙にマッチする。南国を象徴するヤシの木を抜けながら聞いた「裸天女」、真っ青な空を見上げて聞いた「いつかの僕よ」も快適なドライブを盛り上げてくれた。夜、女の子達と知り合い「傷だらけのヒーロー」をアカペラで唄う。

 3日目は朝からマリンスポーツをした。休憩所の船の中でTUBE(オリジナルベスト)をかける。「あばよMy School days」「Lonely revolution」が青春の1ページとして刻まれた。夜、再び女の子に出会いTUBEについて語る。ミドリさんは10年付合った彼と、彼の浮気で離婚した時、やはりTUBEが心の支えになってくれたという。

 4日目、初めてサーフィンをする。「The Surfin' in The Wind」「Surfer Girl」が気分を盛り上げてくれた。その後はショッピングをし、CD屋へ立ち寄るが「Sha La La」はsold outとのこと。TUBEの人気は高いようだ。

 そしてついに最終日、万感の想いを胸に、ハワイに別れを告げた。想い出は永遠にTUBEの曲と共に...。

 今、こうしてTUBEに出会ってからの人生を振返ると、楽しいとき笑っているときには常にTUBEの曲がそばにあったと、そんな気がします。僕がTUBEが好きなのは、明るく楽しく開放的で、変に着飾っていないところです。音も詞も全てが正直でストレートに伝わってきます。そして、様々な夏のメモリーを脳裏に色濃く刻み込んでくれました。そんなTUBEと共にこれからもずっとずっと歩んでいくことでしょう。

 いろんな夢見せてくれた、涙も恋も
 夏がなけりゃ出会えなかった my friend

 夏よ TUBEよ そして想い出よ ありがとう

<浪花の夏男>

 

P.S 皆さまお疲れ様でした。このエッセイを読んであきれた人も多いことでしょう。まさにTUBE一色という感じですが、別に病気ではありません。TUBEのことを考えているのは1年12ヶ月の内たったの3,4ヶ月だけなのです。社会人となり、時間に追われ、その一時一時が非常に重要です。そして、その短い時をいかに想い出として深く刻むか、その答えを“TUBE”の曲の中に見い出しただけです。僕の考えに共感した人は、次号の「アルバム紹介」をお楽しみに。