![]() 最近夏が来るたびに思うことを書いてみました。 誰もこのタイトルフレーズを聞いて、アガサ・クリステイのあの名作ミステリーを連想するひとはいないだろう。もしそうなら、かなりのロマンチストかミステ リーフリークだが。。。これを読んでいる輩であれば、94年のTUBEの名作アルバムに収められた“あの1曲”を思い出すに違いない。 “みんなデカイ夢追いかけてたのに、結局みんな保守的になって小さくまとまってしまいやがった、俺だけか?まだ見ぬ夢を追いかけてるのは、いやー寂しいね えー、でもがんばろう。” この曲のようなストーリーとは異なるが、個人的にこの頃(正確にはここ最近になって)このフレーズには2つの意味を帯びてきた。 夏は甲子園、甲子園と言えば野外ライブ。そうである、今年は昔は予想だにしなかった“一人で参加”という憂き目に直面することになるのである。誰ひとりい なくなっちゃった(笑)。なぜこのような現象が起こったのか、主観的かつ全くの独断と偏見であるが自分なりの分析をしてみた。 まず、“夏”という季節がもつ意味合いが、年齢とともに変わってしまったことである。 夏と言えば “出逢い“。(しかし、ひと際行動力に欠け、“切り込み隊長”を演じるわけもなく後輩や同輩を扇動してその引き金を作ってもらった非常にずるいタイプで あったと反省する。。。)海に山に出逢いがある、ともすればそれは永遠の愛の始まり・布石かもしれない。誰にでも、その一瞬の勇気と決断に計り知れない可 能性を秘めている。 チャレンジする選択肢の幅は多様だが、自分の実力(つまり、経験値*度胸)で成功するかな?レベルを少し超えたぐらいの相手(あるいは集団)にチャレンジ する方が、成功したときの喜びはひとしおである。これこそ、“それでも恋は素敵”の根底に流れる哲学である。夏が来れば胸ワクワク・心ドキドキ。なんとも 言葉に表現することができない期待感と緊張感があったものだ。 そういった想いを胸に、TUBEのニューアルバムを聞き込む。最高の贅沢ではなかったか。 しかし、“独身”という肩書きが取れても、TUBEのアルバムは効力を発揮する。夏のイベントで仲間意識と団結を享受し、社会に出てからのお互いのいろん な世界を語り合う夏のひとときには欠かせないアイテムであった。 が、30代になってから完全にこのような機会は忙しさとともに消え失せ、夏の夜空をみんなで見上げる時間は文字通り幻想となり、アラフォーになって完全に 砕け散った。「最近の若いもんはな〜」と口にすることが多くなり、完全に“オッサン”である。しかし今となっても、あの頃聞いたアルバムのメロディーと歌 詞で、単なるデジャブではなく、その頃の記憶が完璧に近い精度で再現される。不思議な力を、あの頃のTUBEのアルバムは持っているものだ。 しかし現在、TUBEのニューアルバムを買っても、その良さを最大限に生かせる機会が皆無に等しい。買っても値上がりするどころか、その価値を見出すこと ができずに塩漬けになる株のようなもの。このような状況で、毎年の夏のニューアルバムを開拓しようなんていう気迫と意気込み・インセンティブを見いだせ、 と言う方が所詮無理な話なのかもしれぬ。 という状況により、昔はTUBEに熱い想いを抱いていた人たちもいなくなり、今年の甲子園は、必然的に“ひとりになっちゃった”のであろうか。 一方、家に帰れば。。。 子供は大きくなり、学校が始まって会社のカレンダーとはマッチせず、家族旅行に行くには費用がかかりすぎ、夏・春・冬休みも塾や習いごとで旅行に行く機会 も奪われる。家に帰れば、ブルーレイ対応HDD内蔵のテレビさえ子どもと嫁に占拠され、せっかく録画した番組も見せてもらえない。車では同じくカーステは “嵐”に占有され、自分のi-Podの曲など聞かせてもらえない始末。 女に囲まれたこの家族環境と、この3対1の構図を恨むしかないのか。しかしながら、この“ひとりになっちゃった症候群”と呼びたいこの症状は自分特有のも のではなく、アラフォーで家庭を持った男性なら誰でも経験するものではないだろうか。 しかし、ここで思い出さなければならないのは、これまでの人生でどれだけTUBEの音楽で助けられたか、ということだ。落ち込んで立ち直れそうにないと き、もう一度奮起する力をくれた。潜在的に自分が持っている(と信じたい)力を表に出す勇気を与えてくれたと言えよう。だから、万が一この先TUBEの人 気が落ちて誰も見向きもしなくなったときでも応援したい(ありえんと思うが)。 ここで再び20代前半の夏に戻りたい。 アメリカ西海岸の潮風に憧れ、夢や目標・希望でいっぱいで、外へ外へと向かおうとした、あの頃の自由な空気を思い出すあの夏の色。我々の世代の夏の御三 家、サザン・TUBE・杉山清貴(巨人・大鵬・卵焼きのような)が健在で、7月の夏休みが始まる間際にはシングルやアルバムをリリースしてくれ、本格的な 夏の到来を感じていたあの頃。これにプラスして、女性陣では杏里が夏を独占。さらにこれにプラスして、彼女と角松敏生とのコラボも夏を盛り上げる。 TUBEは毎年アルバムをリリースしてくれるので、前年のアルバムがすぐに古くなってしまい、毎年毎年新鮮な夏を届けてくれるというファンへの暖かい気遣 いがアダになってしまう皮肉な面はちょっと可愛そう。しかし、20年前はなんと贅沢な時代だったのか。今では考えられない。今の時代、彼らほど一年で一番 燃える季節“夏”をフューチューしてくれるアーティストはいない。(この夏は、杏里の80年代のアルバムがデジタルリマスターで再発されるという嬉しい出 来事もあり、ワタシたちをワクワクさせてくれたあの夏をいい音で再現してくれる。) 人生で経験できる楽しみ、人生で飲むことができる酒の量、人生で放出できる子種(失礼!)に限りがあるとよく言われる。もしもそれが真実なら自分の場合、 一生で経験する楽しみのほとんどを20代で使い切ってしまったのかもしれない。それはとりもなおさず、こういった夏を表現するアーティストにめぐり会えた からこそ(特に夏を)満喫できたのであると断言できる。 人生75年とすればこの先、“健全な心と体”で夏を迎えることができる回数は有限であるが、これらの貴重な機会を、過去に経験した夏の記憶を胸に十分楽し んでいけたらと思う。“このアルバムを聞けばあの年の夏の記憶がフラッシュバックする”といった贅沢とも言える”夏の記憶と音楽のリンク、記憶のデータ ベース”を構築していくことはこの年になってはかなわないのは仕方のないことだろう。 というわけで、最後に夏のTUBEキャンプツアーを振り返って終わりにしたい(どっかの原稿で書いたっけ?)。やっぱり、若いっていいねえ。 '93 “浪漫の夏、冷たい夏” 中部日本一周ツアー 〜Dream Forever〜 '94 “終わらない夏に” 敦賀水晶浜海水浴ツアー 〜My Summer Girls〜 '94 “終わらない夏に” 敦賀水晶浜海水浴ツアーアンコールBBQ in 琵琶湖 〜夏よありがとう〜 '95 “ゆずれない夏” 丹後半島一周キャンプツアー 〜僕たちはどこへ〜 '96 北陸小舞子浜 “Only Good Summer” キャンプ 〜愛はNaturally〜 '97 TUBE Camp “Bravo!” in 伊良湖岬 〜青春白書〜 '98 Camp “Heat Waver” 猛暑列島 灼熱の阿南海岸 on Menthol Heaven '99 能登千里浜 Camp “Blue Reef” 〜千年先のラブストーリー〜 '00 TUBE Camp “Lani Kai” in 知多半島リゾート 〜真夏へカウントダウン〜 '01 Camp “Soul Surfin' Crew” in 伊勢ビーチ with Rising Sun '02 淡路の果てまで夏だった!? “Goodday Sunshine” BBQ 終わり。だけど、俺の夏はこれからも続く。。 |
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