
“ラブストーリーは突然に”って? 私はそうは思わない。 “突然”や“偶然”を、“必然”に変えなければ“ラブストーリー ”なんて起こり得ない。これは、私の学生時代の親友が教えてくれた“恋愛哲学”の根幹を成すものである。 出会いなんて一瞬、それを“好機”とするか、あるいは“単なる一過性のはしかのような熱で終わる”かは、経験値*度胸*段取り力 であるという。 いろいろな要素、例えばBGM、夜景、服装、愛の言葉を具体化するための贈り物、相手の気持ちを暗示するふと何げない言葉(昔なら電話?、今ならメー ル?)に対するこちらのアクション、微妙な自分の心の揺れと、ここだ!と勝負を決める度胸とそのタイミング。女性の心は、これらのちょっとした外部的要因 によって、微妙に変動するはず。 すべての段取りを整えて初めて、それはラブストーリーとして完成するもの。 そして、恋愛に逆転サヨナラホームランなんてない。悲しくも1%の可能性でしかないなら、そこから始めて地道に地道にポイントを重ね、リードしたと思いき やデュースに持ち込まれ、それでも1つ1つポイントを重ねていく“テニス”に似ている。これらを完璧に整えたにもかかわらず、も ろくも崩れ去っていくケースもありうる。そして、これほど悲しいことはない。 “ラブレター”も女性心理を揺れ動かす要因の一つ、発した言葉は一瞬にして消えるが、書かれた言葉は半永久的、いや、永遠に残る。 小田さんの曲、とりわけオフコース時代の曲は、この“ラブレター”に相当するような気がする。とてもじゃないが、面と向かってな んて言えない惚れた女性へのメッセージをメロディーと歌詞で描写する。自分が夢中になった女性の透き通るような瞳をじっと見つめて、“愛を囁 く”なんて神技、誠実でシャイな普通の日本男子たれば、苦手なのが自然であろう。 これを克服することが“永遠のテーマ”であることをわかっていながらできない、こんな純粋で弱気な男性を応援してくれているようだ。 20代の頃、“オフコース”をしっかり勉強していれば、もっといい恋愛ができたのかもしれないかなあ〜。 エレクトロニクス、医療などの最先端の技術が日進月歩であるにもかかわらず、“女性の深層心理を分析する”という学問はいまだに確立されていない。 ゆえに、ラブソングこそが、どんな薬や外科手術よりも、恋に悩む男性を丁寧にいたわり、癒しを与える“処方箋”となる。 恋の分析方法を諭し、あるときは恋愛に悩む男女に希望を与え、傷ついた心を癒す。これは、時代が進んでも、昔も今も変わらない。 詰まるところ、“ラブソング”が“ラブソング”たるに必要不可欠な要素を、小田さんはよく理解されているのであろう。 しかし、こうして念願の愛が成就したものの、年月が経つとあるとき突然破局を迎える、というのも“人生”の一面というもの。 こうした“別れ”という側面も、この方のラブソングの中にある重要な要素である。いや、こちらの方がより奥が深いかもしれない。 ♪出逢った頃は こんな日が 来るとは思わなかった。。。 そうそう誰でも、恋に落ちた瞬間にはそう思うんですよ。しかしながら、男と女の感情って一筋縄にはいかないことも多々あります。 だから“ラブストーリーは突然に”は、始まりと終わりの2つの意味深な表現である、と思えてならない。 この殺伐とした世の中、みんなが“愛”に飢えている、いや“愛”に飢えているからこそ、殺伐としているのかもしれない。 “愛”の伝え方が不器用な現代人は、もっとオフコースや小田ソロを勉強する必要があると思う。 “愛を止めないで”、“愛の中へ”。 オフコースは“愛”をテーマにした曲が多い。そして、オフコース時代の曲から小田ソロへの変化点とは、この“愛”の捉え方。 恋愛の“愛”だけではなく、自分を取り巻く人への“愛”まで発展する。家族、親、友達への“愛”。 キスの温度どころか、その感触さえ知らない10代の頃。そして20代を経て、全てを知り尽くした30代や40代の人達が、幼い頃に両親から惜しみなく注い でもらった“愛”を、今度は、両親はもちろん、家族や友達に“お返し”として“愛 ”を贈る。男女間の愛なんてそんなちっぽけなものではなく、もっとスケールの大きい愛。 小田さんは、このような“普遍の愛”を歌うシンガーである。 オフコース時代の後ろ向きの歌詞が多かった曲に対し、ソロの曲は前向きで元気の出る曲が多くなっている。 日本を豊かな経済大国に発展させた“団塊の世代”の代表として、これからの日本を担う“若い世代”への応援歌とも受け取れる。 さて、ライブは目前。 感傷の秋にふけり、また“心と体”がさらに鋭敏になるように、自分を築きあげていく季節。 このライブはそのための、言わば、“自己ベスト的 自己トレーニング”かな(笑)。 以上 |
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