
| (6)浜省と青春ポップス 前述したマイナーコードロックや社会派ロックとは対峙する、少年の心を歌う青春ポップスも浜省の魅力のひとつ。その代表作がセルフカバー集第3弾の91年リリースの「Edge of the knife」。 繊細かつ揺れる10代の心の動きをうまく捉えたアルバムである。 一方ではこの微妙な年代の心の動きを描写し、他方では社会の矛盾を鋭くえぐる視点をも持つ“このひと”、やはりただものではない。 そして、97年リリースの70年代の作品のセルフカバー集「初夏の頃」も忘れてはならない。70年代の雰囲気を残しながらも、今風にリアレンジされている のであるが、傑作アルバムに仕上がっている。70年代の浜省の音楽はフォークっぽい。誰もが持っていた“青い記憶”を思い起こさ せてくれる。70年代は「飛び出せ青春」、「俺は男だ」、「夕日が丘の総理大臣」など青春もののドラマがたくさんあった。そんな懐かしい時代を、聞くもの の脳裏に再生させ、痛いところを突いてくれるサウンド。 70年代の“フォーク”から80年代のいわゆる我々がイメージする浜省の音楽“ロック”。その変遷の背景に何があったかは不明ではある。 (7)浜省とバラード 夜毎に枕を涙で濡らす、誰もがそんな時代を味わったはず。傷心を癒してくれるのか、あるいはさらに傷口が深まるのか、そんなときにいつも“浜省バラード”が傍にあった。 そんな懐かしい時代を思い出させてくれるせつないバラード、これもまた浜省の類稀無き才能を存分に味わうことができる。 哀しいことに、ほとんどの曲はハッピーエンドではない。聞いた後に空虚感が残る。 浜省にハマルきっかけになったのが、大学1年の9月にリリースされて、後に“バラード3部作”の1つと呼ばれることになった「Wasted Tears」である。 人生などそんなに簡単にうまくいくわけがない、ということを諭しているようである。 (8)まとめ 〜時代の中での疾走〜 浜省は人生を歌う。 不平不満を歌にのせて、自分の存在を認めてもらいたいがために社会を痛烈に批判するような、世にある単なる安っぽいロッカーではない。 自分の歩いている道が果たして本当に正しいのか、これを目指すためにこれまでがんばってきたのか、常に自問自答して葛藤の中にあるというのが人間の現実の姿である。 わからない、本当にこれでいいのか? どんな年齢になっても、この悩む姿というのは普通の人間ならもっているはず。それを浜省の音楽は、一人称的に、時には客観的に一人の人間像として映し出す。 そして、時代の中での疾走。 TUBEの曲の疾走感・スピード感は、“Sky High”に代表されるように、時間軸は“1秒”いや“0.1秒”という、まばたきする間 もない一瞬の時間。“夏の瞬間”にスポットを当てているため、時間軸が短いのは当然である。 これに対し、浜省の曲の“疾走感”は1年、場合によっては5年という時間軸で表現されているものが多い。まさに、“ 時代”を疾走している。刻々と変貌する社会や世間一般の人が抱くモノに対する価値観などを曲に反映し、それを場合によっては風刺し、場合に よっては嘆き、歌を通して再度、社会へ反問し投げかける。 浜省は、時代をバックに“疾走”するロッカーである。 決して尽きることのない人間の欲望と渇望を歌い、そしてわずかな希望をひとつの心の支えとして生きている現代人の心の糧を提供するが如く、彼は今日もステージ狭しと歌い続ける。 そして、時代を走り続け、駆け抜けていく。 ※最後に、時代を駆け抜ける浜省らしいナンバーのセレクションで締めくくる。 1.A New Style War('86アルバム「J.Boy」) 2.風を感じて('79シングル) 3.路地裏の少年('86アルバム「J.Boy」) 4.僕と彼女と週末に('83アルバム「Promised Land」) 5.明日なき疾走('81アルバム「Home Bound」) 6.Hello Rock and Roll City('84アルバム「Main Street」) 7.想い出のファイアー・ストーム('86アルバム「J.Boy」) 8.夏の終わり('90アルバム「誰がために鐘は鳴る」) 9.ラスト・ショー('91アルバム「Edge of The Knife」) 10.家路('81アルバム「Home Bound」) 11.遠くへ〜1973・春・20才〜('86アルバム「J.Boy」) 以上 |
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