(1)「J.BOY」との出会い

 高校時代に出会った思い出深い3枚の2枚組みアルバムがある。
1枚目はサザンオールスターズの「KAMAKURA」、2枚目は渡辺美里の「Lovin' You」、そして3枚目が浜田省吾「J.Boy」である。これらは、2枚組アルバムというボリュームにもかかわらず、テープに録音してテープが擦り切れる ほど繰り返し聞いた記憶がある。現在、手軽にCDを手に入れることができる時代に対し、この時代レコードは簡単に手に入れることができず(金銭的事情も あって)、手に入れた大切な音源を何度も堪能した。現在は、音楽や情報が手軽に入手できあふれかえっている時代であるが、その一方で音楽が大量生産されて 廉価で“使い捨て”のように軽く扱われる時代である。ミュージシアンにとっても音楽愛好者にとっても、これは決して好ましい状況 とは言えない。そういう意味では、80年代は音楽を作る側そして受け入れる側にとっても、音楽が大切に扱われた時代だったと言える。

 そんな80年代。「J.Boy」は今でも80年代の名盤と言われている。この理由として・・・。
リリースから20年以上経っているが、この混沌とした21世紀の世の中を予言しているような社会の矛盾を痛烈に批判したナンバーあり、キャンパスものを含めた青春物語あり、思春期の少年の心の動揺と成長などを見事に描写している。

 後述するマイナーコード・ロックがないのが少し物足りないというリスナーもいるかもしれない。しかし、「J.Boy」という“日本人の少年 ”が経験していく社会のショッキングな出来事、そしてそれによる精神的に成長していく過程、これらは浜省の自伝的ストーリーが元になっている のかもしれないが、この人はこのアルバムによってこれを言いたかったのかと思うのである。
 


(2)浜省とカリスマ性

 “教祖様”と崇められるカリスマ性をもった80年代のミュージシアンはと言うと、思いつくところ、尾崎豊、長渕剛、そして浜田 省吾の3人を挙げたい(うーん、この3人は、今日初めて出会ったN川のフィアンセがずばりと名前を挙げていたのにびっくり。若いのにとても音楽をよくご存 知な女性だ。)。

 全て強烈でちょっと過激なメッセージ性が込められた曲が多いがゆえに、リスナーの心の奥底にひそむ音楽へかける魂というか情熱を刺激し、時にはそれを爆発させる。
浜省の曲はとにかく、スケールがでかい。世界的レベルの問題から日本の社会に潜在する問題や日本が世界に何をしてきたのか(“いや何もしていない”と彼は言いたい)、次の世代に何を残せるのか(これについての詳細は後述することとする)。
夢や希望、そんなことばかり歌にしたところで、実際にその夢を実現できる可能性はわずか数パーセント。それよりも我々がいやというほど生きていく上で経験するのが、挫折、虚脱感、屈辱、孤独感、ジェラシー。

 哀しいかな、これらの感情を人生で味わうことが圧倒的に多く、満たされないという“欲求不満”や“自己への嫌悪感”で終わってしまうことさえある。
敢えて人生の“暗部”に焦点を当てたナンバーは、リスナーの共感を得ている。人生は山あり谷あり。現実はほとんどが谷である。喜びや有頂天の気分などつかの間であり、現実との壁にいつもぶつかるのが現代人の宿命。
 


その2へ続く。

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