
| その1 “夏のバラードが似合う男性アーティストは?” ネットサーフィンをしていると、こんな調査結果が発表されていた。第1位は桑田佳祐氏。前田氏もランクインされていたが、桑田氏には及ばなかった。これ は、桑田氏が作る音楽が世間一般の人々が心に思い浮かべる“夏の風景”にいかに浸透しているか、ということを如実に表しているの ではないだろうか。 この人の曲は、新曲でもなぜか懐かしい! “昭和”という時代を生きた同世代からの圧倒的な支持もさることながら、もっと若い世代にも受け入れられている。“音楽は世代を超える”とは、こういうことを指すのかもしれない。 切ない胸に波音が打ち寄せる・・・、終わりなき夏の誘惑に人はさまよう、恋はかげろう、ああよみがえる・・・。 さて、我らが“TUBE”はもうすぐ結成から四半世紀。ここまで毎年毎年、夏の風景を歌うバンドは他には存在しない。今後も存在しないだろう。ここで、あらためて、夏とTUBEについて語ってみたい。 1.季節の色とは? 季節には色とりどりのラブ・ストーリーが花開き、特に夏はそういうための季節であると言える。そして、独特の色がある。だが、季節自体を直視して色彩を判別できるわけではない。 音楽が、それが解き放つ音の集合体として空気中に伝播し、不思議なことに、究極的に人々がイメージとして持つ“季節の色”とし て、その季節に色を浸透させるのである。コップに入った透明の水に絵の具を注ぐと浸透していくように、TUBEの音楽はこの絵の具の如く、季節を夏色に染 めていく。 「サマードリーム」が描く透き通るようなマリンブルーの世界、「ジラされて熱帯」の赤いハイビスカスと真紅のバラの情熱の世界、「ガラスのメモリーズ」 のような哀愁と刹那のパープル色、「プロポーズ」の白銀の雪世界であってもそれが溶けそうな温かい愛の世界、そして「十年先のラブ・ストーリー」の詩の世 界であるたそがれ色に染まる夕暮れの海岸。 どれもこれも、その曲と詩が作り出す音色が文字通り、空間に色彩を放っていく。その結果、人は季節の色を感じ取る(と思いませんか?)。 2.日本の四季 四季の一つである夏。カブトムシやせみ、ホタル、鈴虫などはその短い夏の間のごく短期間しか生命を持てないのにもかかわらず、なぜ我々の心に強く印象づけられるのか。 ‘91年リリースのアルバム「湘南」に収録されている「めぐりくるSeason」という曲の通り、夏は人生の如く、(しつこいですが)初 夏・梅雨・盛夏・晩夏を経て毎年過ぎ去っていく。夏の虫達もこの夏到来のサイクルの中で輪廻を繰り返し、今、庭先で鳴いている鈴虫は、去年隣の家の木で鳴 いていたせみかもしれない。 2003年、四季に亘ってシングルを4枚を出すという前田氏がコメントしたとき、正直、衝撃を受けた。しかし、そのときには感じなかったが、日本人とし て“日本の四季”というものをしっかり見直す、そしてそれを大切に思い“日本の四季”をしっかり描写す る、という夏に限らず“日本の季節を大切にする心”がこのバンドにはある、ということを実感し、TUBEに惚れ直した記憶があ る。 そういうTIUBEそして、四季を感じることができる日本に生まれてきたことに対し、感謝と誇りを感じる。 その2へ続く |
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