
5.卒業写真('75 荒井由実、ハイファイセット) ユーミンが、山本潤子率いるハイファイセットのために書いた曲。自分のアルバムでも歌っている。個人的には、ハイファイセットバージョンの方が聞き慣れたせいか、好きである。 高校の卒業アルバムでの写りがいいと、その後の人生でそのままの印象がクラスメイトの女の子の心に刻まれることになる。その点、後悔している。数年後の同窓会で、あっと言わせてやる、と意気込んだのを記憶しているが、その最後の同窓会からもう何年経つのか。
“あなたは私の青春そのもの”という歌詞があるが、改めて、大学時代のサークルの仲間で撮った写真を見るとみんな若いなと思いつつ、彼らの存在こそが自分の青春そのものである、と思う。そんな彼らには感謝したい。
6.19のままさ('86 浜田省吾) 86
年に発表された2枚組アルバム「J.Boy」。浜田省吾のアルバムの中で、個人的に最も思い入れが深いアルバムである。日本人では真髄のロック・ミュージ
シャンという印象が強かっただけに、10代の少年の目に映るシーンを描いたこの青春ポップスは衝撃的であった。こんな優しい曲を書くひとなんだと。 その後の1991年に、10代の心を表現した曲を集めた企画アルバム「Edge of the Knife」を発表したが、純粋でナイーブで微妙な10代の心をうまく表現した作品群は、浜田自身の体験によるものなのか、非常に鮮明にうまく描写されていると思う。
予備校であの子を見つけ、夏が終わる頃には僕らの恋はスタートした。受
験勉強と恋愛の両立は女にはできても、男にはできない。恋愛にのめりこんで勉強が手につかない僕。模擬テストの成績も下降線。結局、クリスマスには別れて
しまった。その後、あの子はどうしてしまったのか・・・。
“いつまでも忘れない、今でも目を閉じれば19のままさ。でも僕らもう二度とあの日のきらめき、この腕に取り戻せない”
確かに、19歳の頃の想いはいつまでも忘れず心に残っている。世の中の垢にまみれてしまったとしても、その純粋な気持ちはいつまでも忘れずにいたい。
※余談
テレビに出ない歌手は、存在そのものがが畏怖の念を与え、非常に神秘的であった。
80年代なら、オフコース、浜田省吾、中島みゆき、矢沢永吉、山下達郎etc。
「今週の第一位、“Yes-Yes-Yes”
オフコース 9896点!」、「・・・・」、「大変申し訳ありません。オフコースのみなさんには、今週も出演いただけませんでした。」と毎週毎週、TBS
ザ・ベストテンで久米宏が謝っていた。その当時、テレビに出ない歌手に対して、メディアを超越した神聖かつどこか恐いイメージを持った。しかし、浜省のい
まだにテレビには出ず、ライブのみの活動という一貫した姿勢には脱帽である。
7.遠くへ〜1973年 春 20才〜('86 浜田省吾) 2枚組アルバム「J.Boy」のC面、“19のままさ〜遠くへ〜路地裏の少年”の流れはまるで組曲のよう。タイムリーに聞いていた私と同世代の人には、この歌の主人公はあまりにも自分に重なってしまう。そういう人も多いだろう。
レコードの時代だったので、この曲順が非常に効いていた。今のようにCDで飛ばし聞きなどできないので、1曲1曲大切に聞く時代でもあった。
“やっと試験に受かったと、喜び勇んで歩く並木道・・・”
大学生活がスタートし、少年から大人への変化の過渡期。これまでの受験生活から突然開放され、この反動をどうコントロールしていくかが大きな課題である。
目に映るすべてのものが新鮮で、これまでの拘束された学生生活とは異なり、時間は無限にほぼ近いほど手の中にあり、開放的で自由。ともすれば、目的を見失いがちなこの自由に、初めの頃、戸惑った15年前が懐かしくも思う。
キャンパスは今日も学生でいっぱいであるが、ここに何を求めて自分は毎日通うのか?
単位? 恋愛? お金? 選択肢がありすぎて、何を求めてこれからの人生を生きていくのか?
でも、そういう迷いというか、選択肢がありすぎてどれを選ぼうか?というちょっと贅沢な時間はこのときが最後である、ということをあとの人生で知るというのが、人生の残酷なところとも言える。
8.赤いスイートピー('82 松田聖子) “呉田軽穂”という、カバーネームで作曲者が記されているが、実は正体はユーミン。知り合った日から半年経っても、あなたって手も握らない・・・。
プラトニック・ラブなんて、このご時世でははやらないかもしれないが、このプラトニック・ラブ的な歌詞が非常に可愛く、思春期の真っ只中にあった当時に、素敵な感触だった。
プラトニックな二人が、恋人同士なのにちょっと不自然な間隔を保って線路の上を歩いていく。少しぎこちないが、なんとなく微笑ましい恋愛初期段階の二人。これから先、どのように二人の恋は展開していくのか。やさしく赤いスイートピーが、彼らを見守っていてくれる。
※余談
80年代の音楽は希少価値がある。職人がひとつひとつ、魂を込めて作った逸品のようであった。
それに対して現在は、音楽はまるで使い捨てのよう。星の数ほど音楽があふ
れ、しかもその製作方法は、自動化ラインで組み立てられる電子部品の如く、品質良しでも手作りの香ばしさがない。楽器の多重録音、音楽データのコピー、シ
ンセサイザー、歌入れのコマ取り、ボーカルの自動修正。これらの技術がレコーディングの作業を大きく変えてしまった。
と、嘆いていてもこの時代の流れを止めることはできない。
次回はいよいよクライマックス |