愛と欲望の日々

 90年代は“失われた10年”とよく言われる。2004年は、なんとか底値の株価から持ち直したものの、いまだに元気のない日本経済だった。そんな日本に元気を取り戻してもらおうと、華々しかった江戸・元禄時代をイメージした曲だという。
この”愛と欲望の日々”というタイトル・・・。
 欲望と言えば、“性欲と食欲”。特に前者のパワーが力尽きてくれば、“オトコ”としては終わりだ(と 思う)。それが廃るのを自己防止しているかのように、この“欲望”を桑田氏は音楽に託して、自らの分身として世に送り出してい る。歌詞は6割が英語。82年リリースのアルバム“ヌードマン”の頃のように、R&Bの強烈なパンチを感じる。
 PVでは元禄時代のパワーが如実に描写されており、和服の女性が多数出演して(ドラマ「大奥」の主題歌だったから、当然だが。)、狂気乱舞。現代で言え ば、80年代後期のワンレン・ボディコン(既に死語)のマハラジャの様相なのであろう。光あまねくこの時代のエネルギーを、現在の日本に与えん。


Lonely Woman

 この手の胸キュン系、ミディアム・スローのバラードは、桑田氏の十八番。雰囲気は、“涙のキッス”が十数年ぶりに復活した感が ある。過去の曲を引き合いに出すのは作者に失礼だが、昔の曲のリバイバルみたいで、ファンとしては非常にうれしい限りである。
 傷心の一人の美しい女性が、冬の湘南海岸を歩く。冬の海は、時折荒れた表情を見せる。N村のコメント、「この時が最も“海が生きている ”と感じたのですが。」と。なるほど、その通りかもしれない。一つ前のアルバム「さくら」には、秋・冬の湘南海岸にぴったりのバラードが3曲 入っている。「Blue Heaven」、「湘南September」、「Seaside Woman Blues」。超異色のアルバム「さくら」の中で、ひときわ解毒剤的な存在である。これら3曲は「バラッド3」でおいしくゲットできる。
 恋の季節、秋。はかなく散った恋の名残に、いつまでもいつまでもひたる時間があってもいいではないか。気がつけば、鈴の音が。もう冬ね、もうすぐクリス マスだわ。雪が降る、でもあなたは来ない・・・。“思い出は美しすぎるから・・・”。そう、はかなく砕け散った恋ほど、美しく思 い出として脳裏に焼きつくものだ。


別離(わかれ)

 アルバム曲。
 初めて聞いたときに、曲の“渋さ”にがーんと頭を一撃されたような衝撃、瞬間的な脳内血管破裂。「恋人も濡れる街角」、「夏を あきらめて」と肩を並べるオトナの歌謡曲。またしても、昭和歌謡風の渋いナンバーだ。これは、バックに聞こえるストリングスの美しい響きが大きな役割を果 たしている。尾崎紀世彦の“また逢う日まで”が、瞬間的にインスピレーションした。
 ラストサビ前の「夢の中で出逢えたら・・・」の歌詞で思い出したが、75年の吉田美奈子「夢で逢えたら」は、70年代の名曲。最近でもしきりにカバーさ れている。この70年代歌謡へのオマージュ的な本作は、桑田氏らしいちょっぴりセンチな味がする。サザンは、やはり同世代音楽なのか。桑田氏と同じく、 40代後半の人々が今夜もむせび泣いている・・・。男と女の永遠のテーマ、出会いと別れ。恋する男女は、結婚するか別れるか、選択肢は2つに1つ。
 恋のReincarnation、夏があるから冬があるように、出会いがあるから別れがある。珍しく、曲の中に桑田氏のセリフがあり、この曲に対する特別な思いを感じる。愛する女の腕の中で赤ん坊のように眠りたい、そんな男の本能をくすぶるような仕上がりだ。


キラーストリート

 アルバム曲。久々のインストルメンタル。
 枯葉舞い散る晩秋のいちょう並木道、雪深い北国のどんより曇った寒空、あー哀愁。これが、次の“夢に消えたジュリア”につな がっていく。“夢に・・・”へのイントロダクション。小憎らしいアルバムの構成である。基本はギターで、プラスして哀愁のコーラ ス。
 これまで、インストはリードギタリストによるギターソロが多かった。春畑なくしてTUBEがないように、リードギターリストなくしてサザンはない・・・ ことはないようだ。サザンのリードギターは大森隆司氏だったが、2001年にサザンを脱退。現在、ギターリストは、斎藤誠氏か小倉博和氏がサポートメン バーとして、レコーディング及びライヴで演奏している。これだけメジャーなロックバンドで、リードギタリストがサポートメンバーなんて、奇妙だ。
 ギターは自分でも弾ける。自分の技量プラスアルファが欲しいとき、その期待通りの演奏をしてくれるギターリストを起用し、合理的にアウトソーシングする。いかにも桑田氏らしい。

つづく


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