5月3日

 2002年5月3日。待ちに待った、GW OB合宿の日がやってきた。嫁の実家に愛娘を残し、高砂市を車で出発し西宮に住むハーフタイムOB会HP管理人 Y氏をピックアップしに行った。西宮インターから名神に入るというのが常套手段であるが、渋滞45Kmという情報を得て、京都まで下道で行くこととした。が、下道でも渋滞に捕まり、やっとのことで京滋バイパスに入り栗東インターから近江八幡を目指すが、またもや渋滞。犬も歩けば渋滞に当たる、というぐらいGWは日本のどこを走っても車、車なのっ?!

 15時過ぎ、やっと近江八幡国民休暇村に到着した。名古屋から電車で来たM田は既に朝11時前に着いたようで、小説を2冊ほど読み終えたらしい。我々とほぼ同時刻に滋賀在住のM原も到着し、浪花の夏男こと U田を待つのみとなった。

 さっそくテニス開始。テニスコートは湖面からの風が強く、風上・風下で全く球筋が異なる。昔はテクニックがない分、足で稼いでいたが、最近その足さえもあまり頼りにならなくなってしまった輩も多いだろう。途中で夏男が合流し、5人でダブルスを回すことになった。

 この中で一番若いM原は、弾丸のごとく豪快なサーブを打ち、入ればリターンどころかネットを越えない。ファーストサーブが入らないことを祈りつつ、リターンの身構えをする自分が情けない・・・。ダブルフォルトを恐れない球筋に、みな恐怖におののくのであった。明日以降の試合のために調整に約2時間汗を流し、宿舎に帰った。夕食を待つ間、日頃の疲れを癒すべく風呂に入った。

 夕食後はやはりカラオケに行った。駅前までの道のりは、暗闇の中、道を間違えかなりの遠回りとなってしまった。5人中4人がTUBEチームメンバーのため、TUBEライブの復活かと思いきや、過去6年間の夏のキャンプで、シングルどころかアルバムの曲も、早、歌い尽くした彼らには、盛り上がるネタは残っていなかった・・・。それぞれの趣味に走る選曲となった。

 かくいう私は、東北支部長 N川の影響か、細川たかし「北の五番町」を熱唱。サビしか知らないので、その他の箇所はお得意の即興の作曲をしながら歌ったが、誰も間違いに気づかない。広瀬香美メドレーをラストに歌ったが、キーが高すぎて、冷や汗のかきっぱなしであった。

 宿舎に帰って飲みなおし。サークル内で1、2を争うきれい好きの私は、2度目の風呂を楽しみ、ビールをかっくらった。皆社会人となって5年近く過ぎ、もう既に本音を語ろう会で語れる新鮮なネタは尽きた。サークル時代、合宿の目的地へ行く途中でどの女の子と車が一緒だとか、アフターで同じテーブルだとか、ワクワク・ドキドキしたことがあったが、今となっては昔話・・・。

 会社のベア・残業がどうのこうの、と現実的な話で、昔の恋物語を語るにも、皆、年を取りすぎたようだ。いや、結局恋愛を語っても、将来それを生かすチャンスがあるはずもなく、空しいだけなのがみんなよく分かっているのである。これに該当しない独身諸君、OB会で久しぶりに再会したのを機に、恋の炎を再燃させるなんていうのはどうですか!! このパターンで誕生したカップルは、今まであったような、なかったような?! これで家族ぐるみの付き合いができれば、あなたの未来もパンパカパーン!(ちょっと、古いね)

 今頃は、NEC N村は伊豆へ温泉旅行か。恋のスタンダードを突き進む真っ最中の彼の姿をしのび、ずいぶん前の自分の姿を思い浮かべた。

 

5月4日

 2日目には、久しぶりに製薬会社に勤める若井ちゃんが来てくれた。紅一点で女性が一人いるだけで、まったく華やいだ雰囲気になった。やはりテニスというスポーツ、女性の存在は大きいのである。ちょっと昔のミーハーな感覚が蘇ってきたのは、私だけではないはず・・・。午後から、松永夫婦、はるばる九州から山田君とその彼女が参加してくれ、やっと本来のOB会の雰囲気を取り戻したようだ。

 午後からダブルスの試合を行い、最近テニススクールに通い始めた豊田在住 M田は、今年の阪神の如く開幕ダッシュで4連勝! 1試合目に 私・高山 vs M田・若井ちゃん で、3 - 0からの逆転勝ちでM田の調子付けをしてしまったのが原因のようである。しかし残念ながら、途中で勝ち逃げで規定試合数に達しないため、表彰の対象にはならないのだ、ハハハ。さっそうと午後3時、身重の妻が待つマイホームへの帰路についた。7月にはパパ。がんばれよ。

 午後3時過ぎに雨に見舞われ、泣く泣く皆ホテルへ戻り、ロビーでお茶TIME。話題も尽き、我々が宿泊している部屋へ全員なだれこみ、恒例の近況報告会が行われた。このときが、一番OB会らしいひと時である。皆と過ごす1分、1秒が貴重で、別れが惜しい。日帰りメンバーを見送り、野郎のみの集まりとなった。

 西宮から一緒に来たハーフタイム専属カメラマンY田は、急用のため残念ながら夕食後帰阪した。しかし、彼の仕事はこれからなのである。貴重なシャッターチャンスを収めたフィルムを現像に出した後、現像された写真をひたすらスキャナーで電子ファイル化し、今後のOB会HPの糧にするのである。こんな時代なら初めからデジカメで撮ればいいのに、とカメラの素人なら思うが、カメラマンキャリアの長い頑なな彼には、それが許せないのである。

 その後、適当にだべって、疲れたから寝るか。昔は3泊、4泊でもへっちゃらだったが、今では体力の消耗が激しい。明日の試合のため、体力を温存しておこう。12時半には消灯である。

 

5月5日

 3日目は、朝からこのGW一番の快晴。今日は焼けるぞ。朝一から、原夫婦が夫人の実家から高速を飛ばして参加してくれた。既に皆昨日の集中力はなくなっていた。自分も惰性で球を打っていることに気がついた。今日はリターンがまったく返らない。得意のアドサイドからのバックのリターンで、相手の逆クロスを突くいつものショットが出てこないのだ。おまけにサーブも見る見る打点が下がってきて、サービスラインアウトの連続。また、普段の練習で出直しかな。反省することが多く、ストレスを発散するためにテニスをしているのに、逆にストレスが溜まってくる悪循環。テニスは見事に、自分の醜さをまざまざと見せつけてくれる。残酷なものだ。

 さて、午後3時となり、全日程が終了した。成績については詳しくここでは触れないが、これを機に再び勝負へのこだわりを掻き立てられた者も多いだろう。これを世間の冷たい風だと受け止めて、また明日からがんばってくれ!! 結局、参加人数が少なく、いまいち盛り上がりどころに欠ける合宿となってしまったが、次回からの多数参加に期待しよう。

 解散後、湖があまりに綺麗なので、"浪花の夏男" U田と一緒に湖岸に出て、ビデオ撮影開始。「俺は男だ!」の森田健作になりきり、湖岸を走るシーンを撮ったが、悲しいかなどうみてもジョギングにしか見えない。やはりバックミュージックは必須だったな。風を感じて、夕日に向かって走れ!

 午後5時前にホテルを後にし、高速道路に入ったがまたもや渋滞。せっかく大阪を通り過ぎるので、U田の新婚宅に泊めてもらうことにした。が、新妻はおばあちゃんのところに出かけていなかった。シャワーを浴びさせてもらい、何気なくテレビの下のケースを覗いてみると、な、なんとU田が現役時代に撮ったサークルのビデオテープ「Memories Of Half Time」ではないか!! 94年頃の収録であり、たった8年前とは言え、みんな、わっ、若い。現在、イギリスに滞在しているI川お姉さまとか、岡山でママになった(旧姓)A木さんとか。U田のマンションで鍋をしているシーンでは、相変わらずHが下ネタで・・・。あんた、こんなネタ、嫁さんに聞かれたら困るやろ!

 しかし残念ながら、みずほグループ Y田氏が会長をつとめた頃の我々の全盛期の頃の映像はなく、既に盛りを過ぎて存在感がなくなった時期のテープだけに、さみしいものを感じた。最後に我々の代の追いコンまで収録されており、OB会をぜひやろうという発言をする者もおり、8年後にこうして合宿を行っていることを、想像していただろうか?

 さてさて、だらだらと書いてしまったが、最近はOB会メンバーが結婚や出産やらで、OB会として過渡期を迎えており、集まりが非常に不安定な時期に入っていると言えるだろう。しかし、これを乗り切ればなんとかあと何年も存続できる可能性はあり、みんなのがんばりが必要だと思う。テニスの後の、うまいビールをこれから何十年と味わい続けるためにも、OB会への情熱を忘れないでもらいたい。

また、次回、最高の笑顔で皆さん、お会いしましょう。

See You Again!

 

おまけ:TUBEチーム プロモビデオ 絶賛発禁中!!


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