“熱い胸騒ぎ”から35年、13年の夏にサザンが動き出す! “寝耳に水”とはまさにこのこと!
あれから5年、紆余曲折があったものの桑田氏は活動を続けてくれて、正直それほど待たされたという感覚はない。むしろ、85年の「KAMAKURA」から88年の「みんなのうた」までの3年の活動停止の時のほうが感覚的に長かった。
サザンの活動が“メンバーの同窓会”と揶揄する人もいるだろう。しかしサザンフリークと自称する人たちには、このバンドが“活動状態”にあるという事実、これがいかに意義のあることか。あの富士山が休火山あるいは死火山と言われて久しいが、四季折々の色鮮やかなその季節ならではの風情を見せて我々を魅了しめでたく世界遺産に登録されたことを喜ぶ静岡・山梨県民の心境に似ている。
今世紀に入って、ソロを柱とする活動を展開してきた桑田氏であった。サザンと桑田ソロの垣根は完全に取り去られた現在ではあるが、桑田ソロではもっとロックに徹してほしかったという想いさえもある。


90年代後半は“小室旋風”やグレイなどの若手の台頭もあって存在感が薄かったが、ここで失った勢いを完全に帳消しにするかように2000年のあの“TSUNAMI”の大ヒット、そして“波乗りジョニー”でサザンでも聞けなかった強力なサマーチューンで21世紀は幕をあけた。桑田ソロで「波乗り〜」をやるのは、これまでのソロを考えるとちょっと反則ですよ、桑田さん。うれしい悲鳴をあげたあの夏の記憶はまだ新しい。
“今”の桑田さんの曲と声を聞くことできる環境はずっと提供されてきた状況下で、復活を盲目的に喜ぶことに意味があるとは思えない。
復活の真価が問われるのは、秋以降の活動。シングルリリースと野外ライブツアーでおしまいではなく、アルバムリリースや年越しライブなど本格的な活動をやってこそ、サザンを単なる過去の栄光バンドとしてしか捉えていない面々を見返すことができる。
しかし、よくぞここまで生き残ってくれました。
日本の四季のなかでも最もワクワクする夏に、“桑田ソロ”ではなく“サザン”の音楽が聞ける今年は、40代・50代の心に青春時代の想いの1ページでも蘇えらせてくれるであろう。




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